チベットの死者の書

チベットは非常に興味のある土地。鳥葬(ちょうそう)といって死体を鳥に食べられる。自分は死んだらこういうのがいい。弱肉強食。それでうまくエネルギーサイクルしている。火葬ってエコな感じがしない。衛生的な問題もあるんだけどさ。この世は循環ですよ。あとナチスがチベットの山奥に調査団をいかせているなどもあって、興味津々だったのと、かなりスピリチュアルな探求者の話の中でよくでてくる本がチベット死者の書である。「チベットの死者の書」は、深層心理学者カール・ユングが絶賛して以来、欧米の人々にも広く知られるようになった。

この本はかなり難解な本である。自分で改めて読んだが、理解しづらい。

者は49日間バルドゥと呼ばれる、生の中間的な状態に留まり、その間に死者は、死の瞬間に眩しく輝く光(クリヤー・ライト)を体験すると書かれている。

また六道輪廻や四十九日の話や生と死の間にあるバルドゥなどいろいろなことが書かれているが、自分の臨死体験とはいまいち符合する点が少ないので、いまいちその部分は今の自分には届かない。

ちなみに六道輪廻とは、天道、人間道、修羅道を三善趣(三善道)といい、畜生道、餓鬼道、地獄道を三悪趣(三悪道)というんだけど、自分の臨死体験からはかけ離れている。でもカルマは存在すると思う。

この教えでは人間は畜生、すなわち犬、猫、牛などの動物に生まれ変わることもあると主張している。どうなんですかね。

自分的に考察すると臨死体験した人の体験報告を調べると閻魔様にあったとか言う方がいるみたいなんですが、これは閻魔様というものを知らない地区では一切見ないようである。キリストも同じ。

死ぬときは走馬灯に記憶がフィードバックするらしい。その時の脳波のCTみたいのを見るとパソコンの電源が切れるように脳波が走る。生前中の宗教的概念がフィードバックなのではないだろうかというふうに今は考察している。

そしてこの本ではワンネスについても書かれている。

人間は「宇宙」と呼ばれる全体の一部なのです。時間と空間のなかに限定された一部なのです。人間は自己を、自己の思考や感覚を、他から分離したものとして体験します。

ということは自分が臨死体験した概念である。大いなる一つから生まれ、分離され人間を味わい、また一に戻る。

とにかくガチに探求している人は一度は目をとうしておいたほうがいいだろう。この本はスピリチュアルな本を読んでいるとよくこの本が引用されている。深く知るには必要な本だろう。スーパー上級者向き。それ以外の方は塩漬けになると思う。

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