おクジラさまとイルカと話す日

おクジラさま

著者が監督した映画『おクジラさま ふたつの正義の物語』を撮り終えた後、
本格的にこの本の執筆を始めたそうです。捕鯨問題における疑問や違和感に、答えが見つかるヒントが本書に書かれてあります。

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おクジラさま ふたつの正義の物語

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おクジラさま ふたつの正義の物語 [ 佐々木 芽生 ]

イルミナティカードの予言 Ver192 くじらを守れ編 
 シーシェパードやグリンピースが日本の捕鯨に反対する 日本以外の捕鯨にも厳しいんですが、特にシーシェパードはノルウェーの捕鯨船...

イルカと話す日| ジョン・C. リリー

ジョン・リリーは米国立精神衛生研究所に勤めていた風変わりな神経生理学者で、1950年代にイルカの研究を始めた。彼はイルカを「海にすむ人間」と呼び、彼らが言語をもつと仮定した最初の科学者

人間と同じ大きさの脳を持つクジラ類(バンドウイルカなど)は、人間と同じ思考力を持ち、人間と同じように過去と未来に思考をめぐらせて現状を判断できる。クジラ類は、人間が誕生してからの時間よりも、20倍もの時間を生き抜いてきた。

クジラ類は繊細で豊かな感受性を持ち、倫理観にすぐれ、思慮深く、肉声による会話を仲間同士でしている。

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ジョン・カニンガム・リリー(英語: John Cunningham Lilly、1915年1月6日 – 2001年9月30日)は、アメリカ合衆国の脳科学者。

イルカとのコミュニケーションを研究し映画『イルカの日』のモデルとなった事で知られる。

アイソレーション・タンク(感覚遮断タンク)の開発者としても有名である。

タンクでの研究はケン・ラッセルの映画『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』の題名で取り挙げられ、映画の主人公は彼とその変性意識状態がモデルと言われている。

ミネソタ州セントポールでカトリックの銀行のオーナーの御曹司の家に生まれる。

父は東海岸のマサチューセッツ工科大学進学を強制しようとしたが、リリー自身はカリフォルニア工科大学を希望し、結果的にカリフォルニア工科大学へ進学して神経生理学を学ぶ。

1934年には、作家のオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』に衝撃を受け、学術への関心が物理学から生物学に移る。 在学中に最初の結婚。恩師の忠告で脳を研究するためヒトの解剖学の講義を受けられるダートマス大学へ進学し医学を学ぶ。ペンシルベニア大学卒業し医学博士号を取得する。戦時中は高空における人間の状態研究に従事した。

生涯を通して一貫したテーマは意識におけるリアリティの研究であった。

1950年代、ジョンは最初は脳神経活動から解明を試みる立場だったが、脳神経に電極を通す研究がFBIなどの政府情報機関の洗脳に悪用される経緯があった。1959年頃には、神経学的アプローチを断念して、イルカとのコミュニケーション、アイソレーション・タンクや薬物を用いた研究に重点を移す。

1960年代後半にLSDが法律で規制される以前はLSDを用いたり、麻酔のケタミンを用いたり、アイソレーション・タンクによる人体と精神の隔離実験を行っていた。人間が外部からの入力を完全に絶った場合、精神の内面の世界が増幅され、極彩色の色彩や前世体験、宇宙へ飛び出すといった体験をするという政府への報告書は『バイオコンピュータとLSD』として後に出版されている。幻覚剤を用いたままアイソレーションタンクに入ることもあった。アイソレーション・タンクの中で浮かんでいるような生物のことを探求することを思いついた。イルカはこれに該当する生物であり、体積比における脳の割合で人間よりも大きな脳を持っている(と彼が考えた)イルカの研究をはじめた。脳を生命コンピュータとしてプログラミングの観点で考えた。そして、イルカに言葉を覚えさせる訓練を行う。またイルカとのコミュニケーションを試み、その際に幻覚剤を摂取した。

彼は秘密裡にケタミンを「ビタミンK」と命名し、服用に依存する度何度も命を危険にさらした。また、ケタミンやアイソレーション・タンクに入ったままLSDを服用することによって地球偶然統制局(ECCO, Earth Coincidence Control Office)と呼ばれる存在に遭遇したと主張している。

1976年には、 ヒューマン・ドルフィンファウンデーションを設立した。

多くの著書を残して2001年に死去。

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イルカと話す日

海に携帯落として困ってたら優しいイルカさん登場ww