イルミナティカードの予言 Ver307 フラトリサイド編

Fratricide フラトリサイドとは兄弟殺し、姉妹殺し。

フラトリサイド(英: Fratricide、ラテン語のfrater “兄弟”、cida “殺人者”、またはcidum “殺害”、もしくはcaedere “殺す、切り倒す”に由来)は人の行為であり、直接に、または雇い人や従わせた者など第三者を利用して、最終的に兄弟を殺害すること

カインとアベル

カインとアベルは、旧約聖書『創世記』第4章に登場する兄弟のこと。アダムとイヴの息子たちで兄がカインקַיִן)、弟がアベル(הֶבֶל)である。人類最初の殺人の加害者・被害者とされている。

カインとは本来ヘブライ語で「鍛冶屋、鋳造者」を意味し、追放され耕作を行えなくなったカインを金属加工技術者の祖とする解釈も行われている。アベルとは「息」を意味する

創世記の記述

カインとアベルは、アダムとイヴがエデンの園を追われた(失楽園)後に生まれた兄弟である。また、この二人の弟にセト(セツ)がいる。カインは農耕を行い、アベルは羊を放牧するようになった。

ある日2人は各々の収穫物をヤハウェに捧げる。

カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物に目を留めカインの供物は無視した。これを恨んだカインはその後、野原にアベルを誘い殺害する。

その後、ヤハウェにアベルの行方を問われたカインは「知りません。私は弟の監視者なのですか?」と答えた。

これが人間のついた最初の嘘としている

しかし、大地に流されたアベルの血はヤハウェに向かって彼の死を訴えた。カインはこの罪により、エデンの東にあるノド(נוֹד、「流離い」の意)の地に追放されたという。この時ヤハウェは、もはやカインが耕作を行っても作物は収穫出来なくなる事を伝えた。また、追放された土地の者たちに殺されることを恐れたカインに対し、ヤハウェは彼を殺す者には七倍の復讐があることを伝え、カインには誰にも殺されないためのカインの刻印(英語版)をしたという。

カインは息子エノクをもうけ、ノドの地で作った街にもエノクの名をつけた。

ヨベル書・エノク書での記述

エチオピア正教会およびエリトリア正教テフワド教会の聖典『ヨベル書』(他の教会では偽典とされる)によれば、カインは第2ヨベル第3年週にアダムの妻から長男として生まれた。妻は同ヨベルの第5年週に生まれた妹のアワンである。

同じくエチオピア正教等の聖典『エノク書』第22章には、冥界を訪れたエノクが大天使ラファエルの案内で死者の魂の集められる洞窟を目撃した事が記されている。それによると、アベルの霊はその時代になってもなお天に向かってカインを訴え続けており、カインの子孫が地上から絶える日まで叫び続けるという。

子孫

カインの子孫であるトバルカインは「青銅や鉄で道具を作る者」と『創世記』第4章に記されている。また、トバルカインの異母兄弟であるヤバルは遊牧民、ユバルは演奏家の祖となった。さらに彼らの父であるレメクは戦士だったらしく「わたしは受ける傷のために人を殺し、受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。カインのための復讐が七倍ならば、レメクのための復讐は七十七倍」と豪語している。

『ベーオウルフ』に登場する巨人グレンデルはカインの末裔とされている。

グレンデル(Grendel)は、北欧、イギリスの叙事詩、伝承、『ベオウルフ』に登場する巨人の怪物。

外見は恐ろしく、醜い姿をしており、性格も残忍で、荒野、沼地、砦の周りなどをうろつき、住処は湖か沼地の中だという。一説にはカインの末裔であるとされる。

ベオウルフとグレンデルの戦いは、『ベオウルフ』の物語の内の前半にあたる。

フロースガール王がヘオロット宮を建て、その祝宴を連夜開いていたせいで、宮の近くに住処のあったグレンデルに恨みを買ってしまう。グレンデルは毎晩フロースガール城に忍び込み、城の人間を一人ずつ食い殺していった。フロースガール王は恐怖を感じるも、何も出来ないまま12年が過ぎた。

その噂を聞きつけたベオウルフが、グレンデルを退治するためにフロースガール王の下を訪れ、ヘオロットの館の警護にあたった。その深夜、やってきたグレンデルは警護にあたっていた兵士達を殺害し、ベオウルフに奇襲をかける。突然の出来事に武器を用意していなかったベオウルフは素手でグレンデルに挑み、逆にグレンデルの片腕をもぎとった。これに慌てたグレンデルは逃走し、自分の母にこの事を報告した。これに怒ったグレンデルの母はベオウルフに復讐しに行く。しかし、グレンデル以上に恐ろしい彼の母は、逆にベオウルフに返り討ちにあい、住処で追い詰められたグレンデル自身も首を刎ねられる事になる。

平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ

キリストが言った言葉

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。」(マタイによる福音書10.34~)

「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。その火が既に燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、わたしには受けねばならない洗礼(バプテスマ)がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう。あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。」
(ルカ福音書12章49〜51節)