「アンチ・ホームレス・スパイク」とイメージ力

イメージ力

今の現実の世の中の人間と喋っていると大体イメージする力が圧倒的にない。

そしてすぐに思考停止してフリーズする。

イメージ力の高い方は仕事の10ある要点を3つしゃべれば理解する。咀嚼力。理解力。

頭の中の知識の本棚から無意識に重要な点を引っ張り出してくる。

でてこない人は瞑想パワーを使いましょう!ババババイブス!!

瞑想は宗教じゃないから、脳科学だから。

とにかく知識は常に自分の外側にあって心のフィルターを通して自分の頭の本棚に収納されている。心のフィルターを通した本は何かの時にさっと出てくる。

フィルターを通過していないことは思い出さない。そういう風に人間はできている。

心で受け取る。頭で考えず、心で受け取る。すると記憶に定着する。

しかし、イメージ力のなさは大抵インプットする情報の少なさ、それに対する案件に心のフィルターで処理することがない、そしてそこから抽出したものが少ないからできるイメージ力に乏しい。

のにも関わらず自分の中から出てくるもので処理しようとするから固まる。

知は常に自分の外側にある。

だからイメージ力のない人間はオーバーフローする。

そしてタチが悪いのは、論理学とか学ばず、自分の発言にたいして整合性がないことに気が付かない。ちょっとフォロワー数がいるとお山の大将と気づかずに本も読まずに間違っている認識で堂々と発信する。人を巻き込むようにも見えるし、それに巻き込まれる人間は同様に罪深い。無知は罪。

日常でイメージ力ある人間とイメージ力のない人間と自分合わせて三人で会話しているとイメージ力のない人間はすぐ遠くを見つめている。ついていけないのにそのままフリーズ。

グーグル先生もあるのに追いついていこうとしない、調べない。哲学的ゾンビ。

そして自分主義で個人主義。

なんでこういう人間が多くなったのかわからないが、散見している規模がとても狭い。一日の中で思考していることが、食欲、睡眠欲、排泄欲以外ないのではないのかと本気で思ってしまう。疑問力が欠乏している。疑問がわかれば解決できる。解決の手前の段階で終了している。

最近気になることに何?と尋ねるとなんにもないと言われる。自分の身体的欲求以外なにもないのだ、きっと。二の次には時間がないと言われる。時間は作るもの。リアル哲学的ゾンビ。

だからどんどん時間も搾取され、お金も搾取され、しまいになにも思考しなくなる。

大体の人は時間がないと言い訳をし、本を読んだり、外部からの情報不足で知識体系が整っていないのでセレンディピティが生まれることはないだろう。

つまり求めずして思わぬ発見をする機会もないし、調べる探求能力が今の時代必要である。

とにかく常に遊んで学んで経験してオリジナルな感覚が必要なのだ。

AI時代半分は振り落とされる。

受動的で誰かが言っているからそうなんだ。自分の志向性にあったインプットみたいなことを日常的にしているからセレンディピティーは起こらない。

なぜそうなる?自分ならこう考えるぐらいの頭のフィルターは持つべきだ。

また時代はこのまま何も手を打たなければ、30年後には独身・低収入の高齢者であふれ返る。

また日本のGDPに占める生活保護費の比率はOECD加盟国最低レベルである。

現在生活保護受給者は約215万人だが、潜在的受給資格者数はおそらく1000万人を軽く越えると思われる。

そしてそれを擁護するように自己責任であるとメディアでも個人間の中でも言われる。ナンセンスである。

結局得をするのは国民ではなく財務省である。セーフティネットがしっかりしていない。

だからさらに消費に回らず、経済が疲弊する。

そしてそれに見合わない重税国家。予算がないのではない。特別会計に流れていっているだけである。政治に目をちゃんと目を向ければ、改善される。だれも本気で見ようとしないから、何も変わらない。それだけである。

政治に対して誰も文句を言わないし、そして従順にみんな生きている。満員列車なんて奴隷列車とあまり変わらない気がする。だれも本気で文句を言わないから、何年立っても改善されない。結局自分のことしかみんな興味が無いのだ。

そしてそこまで会社に尽くしても、AIなどが進み、どんどんリストラされていくだろう。

この事態をどう生きるかだ。

これからの世の中、個人事業主が圧倒的に増えると言われている。ダボス会議でそのような予測がすでにでている。裏をかいせば、多国籍企業にすべては飲み込まれる。そして個人業でクリティブなベンチャーしか意味がないし、それ以外グローバル経済を推し進める世界で生き残る方法はない。そして日本には、もうのりしろがない。

にも関わらず、あなたがAIで半分以上振り落とされる人間に選ばれるかもしれないのに、セーフティネットはすでにあるとか、自己責任であると声高々にいう人間が圧倒的に多い。経済の疲弊が肌身にも、いい加減感じてきているのだろうし、目覚めなければ多くの人と沈んでいくことであろう。それは死を意味する。

そしてこの世の中は弱者に冷たい。自己責任だ!自己責任だ!と冷たい目線を送る人間も多くの人がそれに巻き込まれる可能性は充分にある。自己責任論者が投げた石が自己責任論者に帰ってこないことを祈りますよ。ちなみにこの自己責任であるという認識は世界の中でトップクラスにひどい。他の国はセーフティネットへの考え方には温和である。

外国で自分が暮らしているとき、ないものはあるものが分け与えるのが当たり前というので全てがうまく回っている。俺のものは俺のものというやつは少ない。日本人は俺のものは俺のもの。弱者は弱者。このロジックは資本主義の弊害である。

この考え方は圧倒的に今の日本人に多い。拝金主義のサイコパスを生み出している。

これでは冒険して起業しない。土壌がだめ、競争に負ける。当たり前である。

10年後悲惨だわ。極端な話、ただで分け与えられるものはただで分け与えろ。

それが皆を守り、自分も成就する。そしておかしいことはおかしいと声を上げろ!

とかいうと全体主義とか言われる。

ハァ?

今の世の中の方が独裁全体主義である。MAAD!!

縄文時代が長く続いたは、価値の譲り合いが続いたからだ。物々交換で成り立つ世の中は健全である。まぁしかし自分もこの文明に依存しているので、これでは経済は疲弊するんだけどね。かつての日本の一億総中流というのは健全だったね。

格差社会。子ども食堂。なんなんだこの世の中。狂っとる。

というわけで

RRR!!!  ALWAYS GIVE TNX!!!  BLING!!!

とまとめてしまったが、弱者に手を差し伸べろ。臭いものには蓋をしろ的発想で解決できるものはない。それがなにかの弊害を生み出すという感覚がわからない鈍さに俺はフリーズする。

「アンチ・ホームレス・スパイク」

このようなオブジェは海外では、店の軒先や道路の高架下などに取り付けられ、「アンチ・ホームレス・スパイク」とも呼ばれている。不法投棄対策とか不法自転車を置かないようにというのを建前にホームレスを寝れないように排除しています。

セーフティネットが整っていないのにこれはあまりにも酷い。ヒューマンライツ!

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サンフランシスコでホームレスを排除するロボット

カリフォルニア州マウンテン・ビューにあるスタートアップ企業ナイトスコープ(Knightscope)が製造している。恐ろしい。

セキュリティーロボット

さてさてそんな国もあれば、こんな国☆

外国のパブリックスペース

ベンチに屋根を取り付けたり、ハンモックがある。いいですねー。素晴らしい。

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