イルミナティカードの予言 Ver134 イングランド銀行編 

イングランド銀行は私有で、株主が例外的に秘密

1694年に設立されたイギリスの銀行。中央銀行として財政・経済を支え、後に世界金融を支配する銀行となる。

中央銀行は国の通貨を発行し、利子をつけて政府に貸し付ける機関です。

ロスチャイルド一族は、1815年にイングランド銀行を支配下に置き、
1913年には米連邦準備制度(FRB)
つまり米国の中央銀行をその支配下に置いています。

世界の基軸通貨である「ドル」を発行する権利は、
ロスチャイルド一族のもの(一部ロックフェラー家・モルガン家が所有)であり、
米政府のものではありません。

これほど大きな力を持つロスチャイルド一族だから、
勿論、日本も大きな影響を受けています。

日本の中央銀行である日本銀行は持ち株の55%は政府が所有していますが、
残りの45%の株式の所有者は非公開となっています。

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FRBは、イングランド銀行を真似てつくられたものですが、分かり易く言うならば、王様や貴族たちが集まり、自分達が出資するプライベートな銀行をつくっておき、その銀行に独占的に紙幣の発行権を与え、ぼろ儲けするというものです。 こうして、1694年にイングランド銀行が出来、初代の造幣局長官は、科学者で錬金術師でもあった、アイザック・ニュートンです。

イングランド銀行の株主たちは、初期の頃は「1200人協会」と呼ばれ、イングランド国王や女王はそれぞれ1万ポンドの価値に相当する株式割当を受け、後のハドソン湾会社の総督マールバラ公爵や、シュロスベリー卿も1万ポンドを出資しています。 数多くの貴族、役人、大商人などの特権階級の人々、またポルトガルやスペインのユダヤ人たちが
イングランド銀行の株を保有する事になります。

このイングランド銀行の創設に当たって、ロンドンのマザーズ・チャペルでの会合で決められた内容は、

1、政府は金融のサイエンティストに銀行創立の許可を与える
2、この銀行には、英国で紙幣として通用する銀行券発行の独占的権利が与えられる
3、この銀行は一部のみが金・銀貨で裏付けられるマネーを無から創出する
4、金融のサイエンティストは、政府に必要なだけ融資を行う
5、政府への融資のために創出されたマネーは、主として政府の借用証書を裏づけとす

6、このマネーは無から創出されるので、コストはかからないが、政府はこれに対して
8%の金利を支払う
7、政府への借用証書は、民間に貸し出される追加金の支払い「準備」金とみなされる
この民間への融資も利子をとる
従って、金融のサイエンティストは、同じ無をもとに、2重に金利を徴収する

というもので、イングランド銀行を設立するや、紙幣を印刷し続け、2年で物価は100%上昇し、取り付け騒ぎまで発展しました。 これは、インチキがばれたも同然で、イングランド銀行にとっては最悪の事態です。 イングランド銀行は、金貨に兌換する事ができませんでした。 本来であれば倒産ですが、この銀行は民間といっても、王家、貴族、政治家、役人、大商人たちの談合の成果です。

イギリスの中央銀行の誕生。 1694年 W.パターソンがイギリス王ウィリアム3世の財政難を救済する代償に銀行券の発行権を得て,120万ポンドの資金を公募し,銀行としては最初の株式会社として設立した。当時は他の私的金融業者のなかにも銀行券を発行するものがあったので,独占的な発券銀行ではなかったが,株式制度により経営規模が大きく安定していたことや国王の財政と密接な関係をもっていたことなどにより,18世紀に入ってから次第に中央銀行としての地位を確立していった。 1833年にはイングランド銀行券が法貨に定められ,またその他の発券銀行は次第に整理され,さらに 44年にはピール銀行条例により新たな発券銀行の設立が禁じられるに及び,イングランド銀行の発行する銀行券が圧倒的部分を占めるにいたり,中央銀行としての地位を固めた。その後 1946年2月に労働党政府によって国有化され,民間の株式銀行から政府機関としての中央銀行となった。 18世紀後半から第1次世界大戦までイギリスが世界経済の中心であった時代には,単にイギリスの中央銀行にとどまらず,世界の中央銀行として国際金融に中心的な役割を果したが,その後イギリス経済が衰退するとともに国際金融界に占めるその地位も低下した。

国際金イングランド銀行が創立されてから、国民のナショナリズムを煽り、戦争という言い訳の下で、欲にかられた政府関係者と株主達は、ただ同然の紙切れに紙幣を印刷し続け、イギリス政府に貸し出した結果、イギリス政府の国家負債は天文学的な数字になってゆきます。

名誉革命以来、イギリスは戦争にあけくれ、死の商人や、金融家たちは私腹を肥やしてゆきました。

本位体制=ポンド体制の成立
イングランド銀行はその後急成長を続け、1833年にはその銀行券が法定紙幣とされ、44年の銀行法で発券銀行としての独占権が与えられ、金本位を確立させた。19世紀後半、ロンドンのシティが世界金融の中心地になるとイングランド銀行は「世界の銀行」としての役割を担うこととなり、19世紀末には、国際金本位制=ポンド体制が世界経済のヘゲモニーを握った。

ドル時代への移行

しかし、第一次世界大戦後はイギリス経済が世界をリードする時代は終わり、アメリカ経済が世界のヘゲモニーを握ることとなった。しかし、アメリカへの角の資本の集中から、その反動がアメリカ発の世界恐慌となり、イギリスは1931年9月に金本位制の停止に踏み切り、国際金本位制=ポンド体制はここに終わりを告げた。
第二次世界大戦後の1946年、労働党アトリー内閣の一連の重要産業国有化政策の一つとしてイングランド銀行も国有化された。現在もイギリス通貨のポンド(UKポンド)の発券銀行としてロンドンのシティに本拠を構えている。