五億年ボタンと臨死体験

五億年ボタン

この話、臨死体験した自分には非常に重要で相似していることがある。

自分の臨死体験の話

物理学の世界では時間は逆方向に走っても問題ないとか、時間はそもそも存在しないとか

時間と空間とはとか深遠な話です。これは死んだら直面する問題である。

昨日宗教とはなにかと尋ねられたので、自分は宗教とはこの宇宙と自分がなんであるのかを知るためのものだと答えた。つまり真理である。この世とあの世はどうできているのかということを追求する学問であり、実践である。よく人は人は弱いから宗教が必要だと答えるが、その答えは全く理解ができない。宗教とはこんな感じじゃないというとこで思考停止しているのである。

日本人は無宗教な民であり、多神教、アミニズム的な体系である。なのでバイアスをなしで宗教というものが見れるので、非常にいい環境にあると思う。また宗教はおとぎ話でなく、科学的アプローチで宗教をみてもらうといろいろなきずきがある。これがまた興味深いです。

これはまさに真理を探究してきた人達の話である。そのような話に触れたこともなく、神様はいないというのはかなり短絡的である。

仏教と量子力学、祈りと量子力学、ミクロとマクロが相似している、フラクタルとか。とこの宇宙原理「ブラフマン」と個体原理「アートマン」とかメビウスの帯とか宇宙の時間に対して僕らの人生の時間は刹那である。

科学と宗教は親和性が高いのでそのようなアプローチで点と点を繋いで線にしてもらいたいと思う。